振り返り
今日あった出来事、嬉しかった事、悲しかった事、
感動した事、反省する事、
学んだ事、そこから自分が感じた事。
そういうのを振り返る時間が必要なんだ。
これって、7つの習慣でいう第2領域の「緊急性のない有用な事柄」。
スティーブン曰く、「第2領域を行うには、より高い率先力と主体性が必要になる」だそうで・・・
スケジュールに優先順位をつけるんじゃなくて、
まずは優先課題をスケジュールに組み込む!!
振り返りタイム、設けよう。
①お風呂
②電車の中
③寝る前の15分
こんな感じ?
さびしーー
全然違う。
心がきゅーって苦しくなる。
すごく寂しくなる。
むーーさびしいよぅ(><)
きっと、何日か経てばこの気持ちも晴れる。
こういう時 誰かと話してると
それが例え他愛のない話だとしても、気持ちが和らぐ。
人のあたたかさ。
よし、部屋片付けよ。
あ、クリスピークリームドーナツ、美味しかった♪
人間味
嫉み、後悔、嫌悪、憎しみ、悔しさ
そういった感情は、自分の意に反して勝手に沸き起こる。
イヤでもね。
あ、ここで言う「負」の感情は、鬱とか別れの悲しさとかそういうのじゃなくて、
人との関わりの中での感情のハナシ。
もちろん私も「負」の一面を持っているけれど、基本的には表に出さない。
心の狭い人間だと思われるかもしれないから、
人間が小さいと思われるかもしれないから、
人から嫌われてしまうかもしれないから、
自分が未熟だと知ってしまうから、
それを他人に知られるのが怖くて見栄を張ろうと思って、
そっと心の中に閉まう。
そして「私はそんなこと、全然思っていませんよ」と
まるで聖人かのように振る舞う。
でも、ある友達は何の悪びれもなく自分の「負」の感情を顕わにする。
だからか、その子と合わないと言う人もいれば、ちょっと恐いと言う人もいて、
万人に受け入れられない性格ではある。
でも、
その正直さが、なんだかとてもうらやましく思えてしまうのはなぜだろう。
私が自分を偽っているから?
偽善者ぶっているから?
人の顔色を気にしているから?
私のように誰にでも愛想のいい八方美人よりも
皆からは好かれなくても「負」の感情を素直に言えてしまう子の方が、
100倍人間味があって、私は好きだ。
夢は掴める
こんなにもディズニーを堪能した日はないだろう。
素晴らしく献身的でサービス精神旺盛な
素敵ディズニーガイドさんのおかげで、
ショー4つ、アトラク2つも楽しめた。
ちょとしたマメ知識付き^^
BBB最高★タップダンスやミュージカルダンス、やりたいなー。
彼女は、幼いころの夢を叶えた。
そのためにずっとずっと努力してきた。
何回も失敗したけど、諦めずに、何度もチャレンジしてきた。
そして、念願の夢を叶えた。
私の周りの社会人のみんなが病み病みしてる中で
彼女の顔は誰よりもキラキラ輝いていた。
給料は安いけれど、
「みんなに夢を与えることができるなんて幸せ!!」
と言いきった彼女。
ハッとさせられた。
前日会った高校の親友が言ってた。
「就活の時、もっと自分のやりたい事がなんなのかをもっとちゃんと見つめれば良かった」
「そこしか採用されなかったから、今会社にいるけど、後悔してる」
就職って、人生の半分くらいを占めるからね。
真剣に考えないといけない。
きっと、どんな仕事でも「楽しい」を見つけることができると思う。
仕事の楽しみは、見つかるんじゃなくて、自分から見つけるもの。
そう思ってた。
し、今もそれは変わらない。
けれど、できる事なら、
「楽しい」を探さなくても、勝手にそう思えちゃうような環境に身を置きたいな、と。
努力は必ず実る。
コレは不屈の原則。
2年後、自分は胸張って「すっごく幸せ!」って言えてるかな。
課税について考える2
この世にはフリーライダーと呼ばれる人がいる。
警察や消防隊がいい例のように
活動に必要なコストを負担せず、利益だけを享受する人のこと。
これを防ぐための一例として
会員になってお金を支払った人の家の家事だけ助ける消防会社が
アメリカにあるらしい。
ある日、会員の家が火事になって消防車が駆け付けたが、
会員の更新が切れていることを知り、その消防士たちは何もせずに帰ったという。
再分配がいけないと主張するリバタリアンは
「強制」を懸念している。
一般的福祉のために誰かを犠牲にするのは間違っている!
「自分を所有できるのは自分」という原則に反している!
そう言いたいのだろう。
でも、消防会社の例を見ると
必ずしもリバタリアンが正しいわけではないのでは・・・?
と思えてくる。
課税に関する、リバタリアンへの反論意見はー・・・
①貧しい者の方がよりお金を必要としている
②私たちには言論の自由があり、自分が選んだ長の意見ならば従うべき
③成功した者は社会に借りがある
④社会の一部である以上、自己所有権を放棄すべき
②④はちょっと似てるよね。
多数派の合意があっても、くつがえすことのできない政府の制限がある。
民主的に選ばれた政府には、国民に課税する義務がある。
それは同意に基づく課税でなくてはならないが、
1人1人の同意を得ることは無理。
ならば、最初の最初に
「私は社会に参加し、政治的な義務を引き受けますよー」と同意を得ておけばいい。
この社会にいる以上、同意とみなされて当然。
この辺りが議論の争点になりそう!
ただ反論するだけじゃなくて、
「自分が自分を所有する」ことナシに
リバタリアンが避けたいこと(つまり正義のために誰かが犠牲になる)ことを
避ける方法を考えなければいけないんだろうな。
具体的に何かって言われたら困るけど。
そんなマイケル教授の講義でした。
ほんと、為になる授業だわ!